仙台高等裁判所 昭和59年(ネ)527号 判決 1986年1月30日
控訴人(反訴原告)
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
野村喜芳
被控訴人(反訴被告)
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
赤谷孝士
右訴訟復代理人弁護士
鈴木宏一
主文
原判決を取消す。
被控訴人(反訴被告)の請求を棄却する。
反訴請求に基づき控訴人(反訴原告)と被控訴人(反訴被告)とを離婚する。
被控訴人(反訴被告)は控訴人(反訴原告)に対し金二〇〇万円を支払え。
控訴人(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、本訴、反訴とも被控訴人(反訴被告)の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人(反訴原告、以下単に控訴人という。)
(控訴の趣旨)
1 原判決を取消す。
2 被控訴人(反訴被告、以下単に被控訴人という。)の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(当審における反訴請求の趣旨)
1 控訴人と被控訴人とを離婚する。
2 被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円を支払え。
3 反訴により生じた訴訟費用は被控訴人の負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 被控訴人
(控訴の趣旨に対する答弁)
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
(当審における反訴請求の趣旨に対する答弁)
1 控訴人の請求を棄却する。
2 反訴により生じた訴訟費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張及び証拠
左記のほかは原判決事実摘示及び当審記録中証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。
一 反訴請求原因
1 被控訴人は生来多情な性格で、控訴人との婚姻後である昭和二三年頃には他の女性と肉体関係をもち、親類の者の立会のもとで解決したことがあつた。
2 しかるに被控訴人は、またも昭和二四、五年頃から別の女性である乙野夏子と交際するようになり、昭和三三年八月六日以降は控訴人の家を出て夫婦きどりで同女方で同居し、控訴人を顧みなくなつた。そしてその後被控訴人と同女の間には三名の子が出生した。
3 その後も被控訴人は反省することなく不倫の関係を続け、昭和五四年一月六日には控訴人の不知の間に協議離婚届を偽造して山形市長に届出たため、控訴人の申立により昭和五五年五月二九日山形家庭裁判所において協議離婚無効の審判がなされるなどのことがあつた。
4 以上の被控訴人の行為は離婚原因たる不貞な行為、悪意の遺棄にあたり、また婚姻を継続し難い重大な事由があることとなるので、控訴人は被控訴人に対し反訴を提起し離婚を請求する。また控訴人は被控訴人の右行為により離婚のやむなきにいたり、精神的損害を被つたから、その損害額三〇〇万円を慰藉料として請求する。
二 反訴請求原因に対する認否
1 請求原因1を否認する。
2 同2のうち、被控訴人が昭和三三年八月六日以降控訴人の家を出て乙野夏子と同居し、同女との間に三名の子をもうけた事実を認め、その余は否認する。
3 同3のうち被控訴人が控訴人不知の間に協議離婚届を作成して山形市長に届出たこと、控訴人の申立により山形家庭裁判所において協議離婚無効の審判がなされた事実を認め、その余は否認する。
4 同4を争う。
三 抗弁
被控訴人は、乙野夏子との同居後も控訴人との間に生まれた子のために月々送金したり、自動車を買うために多額の費用を与えたりしており、また被控訴人名義の土地が知らないうちに控訴人側に名義変更されている事実もある。そして被控訴人は現在高齢、無職で資力に乏しいから、慰藉料の支払を命ぜられてもこれを支払う能力はなく、単にいたずらに精神的圧迫を受けるのみである。右の諸事情に照らすと、控訴人の慰藉料の請求は権利濫用ないし権利失効の法理に照らし許されない。また、右慰藉料請求については消滅時効が完成しているので、被控訴人はこれを援用する。
四 抗弁に対する認否
抗弁をいずれも争う。
理由
一控訴人と被控訴人との婚姻生活の実情等は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決理由第一項及び第二項の1(原判決八枚目表九行目から同一三枚目表八行目まで)に認定のとおりであるからこれを引用する。
1 原判決九枚目表三行目の「各本人尋問の結果」の後に「、当審における証人鹿野忍、同武田千代子、同冨田とくの各証言、控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果」を付加する。
2 同裏一〇行目の「被告は」から同一〇枚目表二行目までを次のとおり改める。「昭和二三年頃には、被控訴人が他の女性との間に子供をもうけたとして当該女性の親から抗議を受け、控訴人の父甲野春男が金三万円を支払うことでこれを解決したことがあつた。」
3 同一〇枚目裏四行目の「そこで」から同一二行目の「決意を固めた。」までを削除する。
4 同一一枚目裏三行目の「暮している。」から同四行目までを「暮していたが、現在は高齢で無職であり、老齢年金等で生活している。夏子は被控訴人と同棲生活を始めた頃から駄菓子屋を営んできたが、現在は高齢で無職である。」と改める。
5 同一三枚目表八行目の「心境である。」を「心境であつた。しかし当審では、被控訴人との離婚をやむなしと考え、反訴を提起して離婚を請求するに至つた。」と改める。
二右事実によれば、控訴人と被控訴人の婚姻はもはや回復し難い程度に破綻してしまつているというべきであるが、右のように婚姻関係が破綻したのは、相互の理解の不足や性格の不一致等による潜在的な不和があつたにせよ、その主たる責任は被控訴人の行為にあるものといわざるをえないから、被控訴人の本訴離婚の請求は有責配偶者からの離婚請求としてこれを棄却すべきである。
三控訴人の離婚の反訴請求については、右のとおり控訴人と被控訴人の婚姻がもはや回復し難い程度に破綻しているうえ、被控訴人には不貞行為があり、また被控訴人は正当な事由なく同居、協力の義務を履行せず控訴人を悪意で遺棄したものというべきであるから、右事由に基づく控訴人の離婚の反訴請求は理由があり、これを認容すべきである。
四右のとおり被控訴人に不貞行為及び悪意の遺棄があり、その結果婚姻が破綻し離婚のやむなきに至つたものであるから、被控訴人は控訴人に対し離婚にともなう慰藉料を支払う義務があり、その額は当事者双方の経歴、資産収入、婚姻の実態、離婚に至る経緯等諸般の事情を考慮すると金二〇〇万円をもつて相当と認める。
被控訴人が乙野夏子と同棲するようになつた後も、控訴人との間に生まれた子の養育の費用を一部送金したり、自動車を買い与えた事実のあつたこと、現在高齢、無職で資力に乏しいとみられることは前認定のとおりであり、<証拠>によれば、控訴人と被控訴人の婚姻後被控訴人の所有名義としていた山林約二反歩を、被控訴人が乙野夏子と同棲するようになつて後、控訴人と被控訴人の間の次男二郎の所有名義に移した事実のあつたことも認められるが、このような事実があるからといつて、控訴人の離婚にともなう慰藉料の請求が、被控訴人主張のごとく、権利の濫用となつたり、権利失効の法理なるものにより許されなくなるものとは解されない。また右慰藉料請求について消滅時効が完成しているものとも認められない。
五そうすると、被控訴人の本訴離婚請求を認容した原判決は失当であるからこれを取消して右請求を棄却し、控訴人の当審における反訴請求を主文認容の限度において認め、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととして主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤幸太郎 裁判官岩井康倶 裁判官西村則夫)